グランドキャニオンの1500m崖下で死にかけた話 #17

人間はいつの間にか生まれてきて、なんとなく生きてる。
だから死ぬときもきっと、思ったよりあっけない。

①誰もいない駐車場

社長業がいそがしい僕にとって、年末年始は旅に出る貴重なタイミングだ。毎年恒例、ノープランでフラッと海外に出る。以前書いたアジャイル旅行のスタイルで、バックパッカーよろしくその場その場で気ままに旅を描いていく。

自由気ままで学びの旅。幾千のタスクに追われる日常から離れ、ひとり異世界へ。日常が故郷で、これが旅ともいえるし、あるいは夢を追いかける日常こそが旅で、ありのままに自分と向きあう自由なこの時間こそが、故郷なのかもしれない。

2020年の年末年始は香港・深セン・マカオ、アメリカを旅していた。大晦日の夕日をアメリカ西海岸のサンタモニカで見送ったあと、キャンプカーでドライブに出た。そして3日後には1000km離れたグランドキャニオンで氷点下の深夜、僕は誰もいない駐車場のキャンプカーに一人、透きとおった星空の下にいて、

「明日はグランドキャニオンの奥へ行く。生きて帰ってこれればまた会おう」なんて全社員へ冗談交じりの新年挨拶メールを送ったのだった。

まさか本当に帰れなくなるとは夢に思わずに。

②朝日とともに

目が覚めたのは夜明け前の深夜5時ぐらいだった。外はすっきりと晴れた美しい星空の夜。都市から数百km以上離れ、インディアンも住まなくなった砂漠と草原と崖だけの地は、宇宙と直接につながっていて、星がすぐ近くに感じられた。

あと1時間で夜が明ける。

他にやることもないし、せっかくだからグランドキャニオンに昇る朝日を見に行ってみるか。

撮影用のスマホだけを持ち、近所のコンビニに出かけるような、セーターにジャージの軽装で、歩いて五分の展望台へ向かう。一番人気のその展望台には、まだ5人ぐらいしかいない。

夜明けまでの1時間、朝日はゆっくりと厳かに、今日も目の前に登ってくる。グランドキャニオンに昇る朝日は、すべての孤独や不安を優しく打ち消すように明るくて、暖かくて、大きかった。今日も良い1日になりそうだ。

③バスには乗ってしまえ

朝日が昇りきる頃には、展望台には30名ほどの人で賑わっていた。ああなんだかうるさくなってきたし、いったんキャンプカーに戻るか。

すっかり明るくなった雪道を早足でキャンプカーに戻りかけていたそのときだった。

バスが停まっている。

あれはもしかして例の展望台へのシャトルバスじゃないか?まさに今日行こうと思っていた展望台。自家用車は進入不可でシャトルバスのみが許されていて、少しだけ奥へ進んだ場所にある。

その展望台からは、グランドキャニオンの安全なところを1,2時間で散策できるちょっとした散歩コースが整備されているらしい。もともとそのコースをのんびり歩きながらグランドキャニオンを身近に感じてみるのが今日のざっくりとしたプランだった。

暇そうにタバコを吸っている運転手のおばさんに聞いてみると、エクザクトリー。そのバスの始発だった。まだ朝も早く、他に誰もいない。

「バスが来たら、乗ってしまえ。」

それが旅の基本スタイルだ。マカオでも、ニューヨークでも、エジプトでも、とにかくいい感じにバスが来たら、乗ってみることにしている。google mapがどこでも使える便利な現代では、乗った後に考えればだいたいなんとかなる。

実際の勝敗は、7勝3敗ぐらいで、運が悪いと全然違う方向に連れてかれてしまったりもするが、そこは自由気ままなぶらり旅、その先に面白い体験があったりする。

まして今回は行き先もバッチリ。僕は急いでバスに滑り込み、そしてバスは動き出した。

このときはまだ、いつもどおりの朝が始まっただけで、全然余裕だった。

④ ん?

あっという間に例の展望台についた。なんて良い日だ。前倒しですべてが進んでいる。どこから来たか他の観光客もちらほら歩いている。なんなら、もう少し奥の方までいけちゃうかもな。なんて余裕にひたりながら、見るたびに表情が変わるキャニオンを肴に散歩道を降りていった。

道はちょっと険しかった。山肌を横幅1mぐらいの細道が下っていく。それだけならなんでもないが、時期は冬。道は雪道なのだった。他の人達は鉄製のスパイクとピッケルを持っている。あれ、なんか地球の歩き方に書いてあったテンションと違うな・・。まあでも1,2時間歩けば駐車場に戻れるらしいし、なんてことはない。大丈夫だろう。僕は街歩き用のVANSの靴で、セーターにジャージのコンビニスタイルで、なんどか雪道に足を滑らせヒヤっとしながらも、一目散に下っていくのであった。

なにかがおかしいぞ・・

30分ほど降りたときだろうか、何かがおかしいと感じ始めた。あまりにも急ピッチで下っていくのである。そして展望台にはもっとラフなカッコの人たちがいたが、今、まわりを歩いてるのはスパイクに重いリュックにピッケルのガチ勢のみで、そのなかにあってコンビニスタイルの自分だけが一人でキョロキョロしていた。

⑤聖なる川

いったん足をとめて調査を始める。といっても手元にあるのはiPhoneだけ。そう財布も地図もなんにもない。圏外のiPhone。電池は残り30%。限りある情報を総動員する。

iPhoneは圏外でもgoogleマップは大まかな地図と現在地がわかる。ガイドブックのグランドキャニオンのページもいくつか写真に撮って保存しておいた。

・・・うん、これは間違えちゃったな。

あとで分かったことだが、さっきの展望台に目立たないもう1つの入口があって、そっちこそが気軽な散歩道だった。こちらはガイドブックにものっていない、ガチの登山道、いや下山道。

戻ろうか、今から戻るのか。。30分ほど折り続けた雪道を戻るのはテンションが下がる。ふとgoogleマップに目を落とす、このまま行った先に、一筋の青い線が流れている。ああ、これはきっと聖なる川だ。このグランドキャニオンを数億年かけて削り大きな渓谷を創りあげた川。

ここまできたら聖なる川を、自分の目で見てみたい気もする

聖なる川よ・・僕を呼んでいるのか? 

googleマップで見る限り、往復15kmぐらいか。体力には自信がある方だ。問題なく歩けるだろう。そしてまだ8時すぎ、1日は始まったばかりだ。

周りにはちらほらと登山客が同じルートを目指して歩いている。きっとみんな川を見に行って、そして日帰りするのだろう。

そこに川があるならば、行ってみようじゃないか!

おそらく多くの人が引き返すであろうシチュエーションで、僕は川を目指した。そしてこの意思決定により、命の危険への扉は開かれたのだった。

⑥迫る危機

おかしい、おかしい、おかしい。まだ下るのか。

崖を下り続けてもう3時間が経とうとしていた。googleマップで見る限りには、道は単純な線だった。ただその線は、あまりにも急な下り道だった。あとでわかったことだが、僕はいつのまにか標高にして1500mも下っていたのだった。1500mといえば、富士山登山と同レベルだ。そして普通の登山と違いここは崖。まず下山から始まり、下った後に、登山が待っている。

焦り始めた。

これだけ長く下った道を、今日中に登らなければいけない。足早にペースを上げる。それでもやっぱり、来た道を戻ることはしたくない。自分ならいけるはず、心に言い聞かせる。ちらほらと他の登山家たちとすれ違うのが心の支えだった。ひとりじゃない。大丈夫だ。

予想外だったのは下りの長さだけではない。最大の懸念は水分補給だ。他の登山家たちは当然十分な装備、そして水筒を持っているが、コンビニスタイルの自分は完全に手ぶら。崖の上では氷点下で寒かったが、1500mも下れば気温は10度も上がる。

雲ひとつ無い晴天の中、暑くなってきた。途中から雪も溶けて砂漠のような崖の道。少しずつ大きくなる不安と比例するように足早に崖を下り続けた。その時だった。

川が見えた・・!!!!

あれが聖なる川だ。圧倒的に美しい。こんな砂漠のような崖の中、川は静かに美しく雄大に流れている。まだ眼下300mも下ったところだろうか。それにしても目に見える希望の景色は格別だ。僕は入学式に校門をくぐるような足取りで300mを下りきったのだった。

⑦登山口の葛藤

時刻は12時を過ぎた頃だった。川は美しく透き通り、時間はゆっくり流れている。ボートに乗ったり、釣りをしている人もいる。

天国のような時空の中で、僕はひとり焦っていた。

浅瀬に近づき、何度も何度も手酌で水を飲む。ゆっくりしてはいられない。日没までに下山、じゃなくて登山しないと大変なことになる。考えている暇はない、川沿いに走っていき魔人ブウばりにお腹に水をため、ついでに首に巻いていたタオルも臨時水筒として水に浸した。

日没までに登り切らなければ・・。

日没までに登れなかったら、命の問題になる。氷点下で岩しかない崖の奥、十分な水分も確保できないまま、生きて夜を越せる保証はどこにもないのだ。ガイドブックに書いてあった、「年間数名命を落とす」という警句が頭をよぎる。

googleマップを見ながら登山ルートを考える。帰りは行きとは違う道にしよう。来た道をそのまま帰るのはテンションが上がらないし、駐車場により近いこちらのルートから帰るべきだ。そして意を決し、登山への第一歩を踏み出そうとしたその時、もうひとりの自分がささやいた。

本当に、登れるのか?

一瞬冷静になる。本当に登りきれるだろうか?3時間半下ったということは、上りは5〜6時間はかかるだろう。下りはちらほらいた人々も、上りの道には人影が見えず、ほかの方向へ歩いていった。あっちには何があるんだろう?他の登山ルート?それともキャンプ場?

上り道に水はあるだろうか? なかった場合、このサンシャインの中、6時間も水無しであるき続けることはできるか?もし喉が渇き、動くことができなかった場合、そして誰も通りすがらないなら、力尽きて動けなくなり、本当に命が危なくなる。あるいは、アイスバーンの夜道を一人歩いていたら、足を滑らして崖から落ちる危険性だってある。

焦っていた。

夕暮れは5時。いま12:30から出発して5時間かかるのならギリギリ日没までに間に合うかどうかの瀬戸際。悩んでいる時間はない。いくならすぐにでも出発しなければいけない。どうしよう。いくべきか?どうしよう。

・・ここからたっぷりとスペースを用意するので、ちょっと手を止めて考えてみてほしい。

この状況で、あなたならどうする?


崖上から見たキャニオン。あの谷の奥の奥へ降りていった。


上の方は雪がつもりアイスバーンになっていて危険。


下の方は雪が溶けており、日中は逆に暑い。

⑧ああアメリカン

5分ほど考えただろうか。僕は結論を出した。

諦めよう。

それが結論だった。もちろん命を諦めるのではない。今日中に駐車場に戻ることを諦めたのだ。たとえ数%でも、無視できない確率で命の危険がある以上、冷静になるべきだ。

ちらほら見える他の登山客たちが向かうあの先に、他のルートなのか、キャンプ場なのか、他の選択肢があるに違いない。ここから日没までの5時間、その5時間をつかって、明日を安全に迎えられる方法を確保することに賭けようと決めたのだ。

そうと決めたらすぐに行動。

みんなが進んでいくその川下の道を早足で歩きだすと、キャンプ場らしきものが現れた。そこで手当り次第、スタッフがいそうな建物をいくつか周ったとこ、庭でラジオを聞きながらのんびりしているおじさんを見つけた

「すみません!今日中に帰れなそうなのですが、、僕はどうしたらいいでしょう?」

単刀直入に聞いてみる。

「え??あー大丈夫じゃない。あっちにホテルがあるよ」

耳を疑った。ホテル? こんな文明から10kmもはなれた奥地に?半信半疑で進んでいくと、本当にあった。そこには山小屋があり、その中は宿泊施設兼レストランになっていた。中に入ると大柄でいかにもアメリカンな女性が話しかけてきた。

「Hi! あなた、どこから着たの?東京!!いいねえ私の友だちも東京にいっぱいいるのよ。さあゆっくりしていって。レモネードもコーヒーもビールだってあるわよ」

その時の心境をわかりやすく例えるなら、富士山の樹海を3時間以上も迷子でさまよい途方に暮れていたら、目の前に急に現れたのは「やるき茶屋」

「はい!よろこんで!」・・・圧倒的日常。圧倒的幸福。

もしやすでに命を落とし、幻想を見ているのだろうか?

コーヒーを注文してみる。紙コップ一杯500円という現実的でいやらしい価格設定。どうやら夢ではなさそうだ。お金は持ってないが、こんなときのためにiPhoneケースにクレジットカードをいれてあり、山奥でもクレカは使えたのだ。

キャサリン(仮称)は続ける。

「ねえジョニー!この人は友達のエイジ。帰れなくなっちゃったらしいけど、まだ泊まれるベッドあるわよね?。オッケーエイジ、大丈夫よ。いま準備してるから、コーヒー飲んで待ってなさい。携帯の充電?ないけどたぶんなんとかなるわ。ねえ!お客さんの中で誰か充電器ない?あ、あるみたい!じゃあお願いね」

ああ、アメリカン。自由と友情の国。一時は死を意識した僕は、こんな風にしていともあっさりとに生存を確保したのだった。

本当に助かった。ありがとう楽天VISAカード。(CMみたいになった笑)

⑨聖夜

それは夢のような一夜だった。

宿泊の予約を済ませたら、夕暮れまではまだ時間がある。

明日の経営会議にリモート参加できないことを本社に知らせないと心配するだろう。キャンプ場は電波やネットは一切に通じない。陸の孤島だ。そこでさっきの登山道まで戻る。そこにはベテラン風の登山カップルが休憩していた。

「あなた達もキャンプに止まるんですか?」
「いいえ、私達は上に戻るよ」

もどれるのか・・!

と一瞬おもったが、まあもう予約も済まてしまったし、やっぱり今日は泊まることにしよう。

「すみません、今日はもう上に戻れなくなってしまって、、なので上に戻ったら、代わりにファミリーにメールしてもらえませんか?」
「ああそうなの、もちろんいいわよ!私のスマホにメッセージを書いておいて」

なんて便利&親切なんだろう。手際よくメモアプリにアドレスやメッセージを記入する。

よし、これで皆に心配をかけることも無いだろう。

それからは周囲を探検したり川を眺めたり、宿泊組と交流したりしてのんびり過ごした。夕飯時はにぎやかだった。宿泊者みんなでテーブルを並べてステーキを並べてワインで乾杯。それぞれ自己紹介したり、家族の文句でもりあがったり。僕が一人で来て帰れなくなった話や、LAからキャンプカーできている話をしたら、みんな面白がって讃えてくれた。

最後はキャンプ場スタッフのスピーチが楽しい晩餐会を締めくくる。

「みんな今日はこのキャンプ場に泊まってくれてありがとう。グランドキャニオンには年間600万人が訪れるけど、この川までくるのは6万人しかいないの。その中でも宿泊するのはたったの6千人。あなた達はその6千人の中に入ったのよ。どうぞこのキャンプ場での素晴らしい夜を楽しんでくださいね」

温かいシャワーで疲れ切った汗を流したあと、合部屋のベットにくるまり今日一日を振り返りながら、世界で一番静かなキャンプ場の夜は流れていった。

⑩朝日のなかで

翌朝、物音で目が覚める。深夜4時。まだ夜明けまで2時間もある。皆に流されて食堂に向かう。もくもくとパンやウィンナーをコーヒーで流し込む。どうやらみんな、早々に朝食を済ませ登山を始めるようだ。

美味しいコーヒーを飲んでいると、キリッとした美しいマダムが話しかけてきた。

「あなた今日一人で昇るんでしょう?? だったこれを持ってきな!」

と戦車のような重装備のリュックから、水筒と大量の非常食を渡してくれた。

「WOW、ありがとうございます!!」

懸念だった水の問題が解決された瞬間だった。こういうところアメリカ人は本当温かい。

真っ暗な登山口、聖なる水を水筒にたっぷり溜め込んで、僕は軽やかに歩き始める。

少しずつ明るくなるグランドキャニオンの奥の奥。見渡す限りの岩の世界。僕は6千人しか見ることができない美しい朝焼けに包まれながら、オゴっていたであっただろう昨日までの自分を振り返り、少しだけ生まれ変わったような新しい気分で、今日からの人生を見つめなおすのだった。

5時間後、温かいバスに揺られながら、マダムの水筒から水をごくごく飲む。無事に登山を終えて、キャンプカーの駐車場へ帰るバスには、心地よい疲労感と充実感が充満していた。

さあ、このままラスベガスに向かって、今夜は世界最大のテックイベントCESに参加するぞ。

2020年が、こうしてはじまったのだった。

おまけへつづく